やった。
ついにやってやった。
おまえが悪いんだ。
俺を虐めるから。
仕返しされたって、自業自得なんだ。
俺は沈んでいくムラカミを眺めながら、開放感に浸っていた。
ムラカミの体が完全に見えなくなってから、俺はそこを去ろうと踵を返した。
そのときだった。
背後で、ムラカミを沈めたその大きな泉から、ザバァ……と水音がした。
まさか、あいつが生きて這い上がってきたのか。
一気に全身から血の気が引いた。
逃げ出そうとしたが、足が竦んでしまっていた。
振り向きたくないのに、体がいうことをきかない。
そうして振り向いてしまった俺が見たのは、ムラカミではなかった。
『あなたが落としたのは、優しいムラカミですか? それとも、余裕のあるムラカミですか?』
輝く女が、泉の上に立っていた。
――なんだ、これは。
俺は夢を見ているのか。
とにかく早くここから立ち去りたいというのに。
『あなたが落としたのは、優しいムラカミですか? 余裕のあるムラカミですか?』
女はしつこく訊いてくる。
もしかして、動けないのは俺が答えないせいなのか?
だったら答えるしかない。
だが待てよ。
もし正直に答えたら、『優しいムラカミ』と『余裕のあるムラカミ』、そして元の『最低の人でなし・ムラカミ』が戻ってきてしまうのではないか?
ならば、『優しいムラカミ』か『余裕のあるムラカミ』のどちらかを答えれば、何もよこされずに済む。
「俺が落としたのは――」
言いかけて、言えなかった。
そんなことを答えたら、まるで俺が、『優しいムラカミ』や『余裕のあるムラカミ』を欲しがっているみたいじゃないか。
もうあいつの名前だって口にしたくないというのに。
「知らない、あんたの勘違いだ。俺は何も落としちゃいない」
女は、にっこりと笑った。
『まあ、なんて欲のない人間でしょう。ご褒美に、意地悪で余裕のないムラカミを返してあげましょう。優しいムラカミと余裕のあるムラカミも』
「そんな――」
次の瞬間、俺は背後からムラカミに抱きすくめられた。
「な、な……っ!?」
目の前には、二人のムラカミ。
そうして俺は初めて知る。
ムラカミが、俺に対して歪んだ好意を持っていたことを。それから強い性欲と、加虐心を。